一人の男が薄暗い廊下を歩いていた。
分厚いメガネをかけ、無精髭と長く伸びきった髪は、俗世から離れた仙人のようにも見える。


彼の腕の中には大事そうに抱えられた封筒があり、そこには漫画のネームが入っていた。
廊下はやがて、一つの扉へと行き着く。


「漫画表現に関する審査部署」と書かれたプレートを見た男は、自分が目的の場所へと到着したことを確認する。

壁と扉の合間にできたサビが、遥か昔からこの部屋が存在していたことを物語っていた。


「すいません……?」
男はゆっくりと扉を開きながら、部屋の中に顔を覗かせる。


部屋は狭く、中央に長机が一つ、それを挟むようにしてパイプ椅子が二脚、置かれてているだけだった。
机の向こう側のパイプ椅子に、白髪の目立つ年配の男が座っている。


机の上に開かれた新聞を、眉をひそめて読むその姿は、気難しそうにも見えた。



「あぁ、どうぞ」
老人は、男に気づくと声をかけ、自分の向かいの席を指差す。
「そこ座って」


指示された席に座りながら、男は尋ねる。
「ここって……漫画表現に関する審査部署、ですよね?」


「漫画家さん?」
男の質問に答えることなく、逆に老人は男へと質問をした。


「え?あ、はい」
男は慌てて封筒を机の上に置き、自らの身分を証明するかのように原稿ネームを取り出した。


「ネームの確認をして欲しくて」
「はいよ」
老人は新聞を脇に退けると、ネームを手に取る。パラパラと目を通し始める。


「密室に閉じ込められたクラスメイトが殺し合いをはじめる……けっこう過激な内容だな」
「そうなんです」
男は言い訳するように答えた。


「担当の方にここでチェックしてもらえって言われて」

老人は何度か頷きながら、続きを読んだ。その表情には変化がなく、不安になった男は、老人の機嫌を伺うかのように質問をしてみる。



「やっぱり……やりすぎですかね?」

「一時期はうるさく言われてたけどな、最近はそうでもない」

淡々と話す老人には男を気遣っている様子はなく、それゆえにただ事実を事実として告げている説得力があった。


「どんな表現をしてもクレームをつけてくるアホはいる。そんなの気にしていたら何も描けないだろ?」

そこにはどこか実体験を伴った苦々しさもあり、男はふと、この老人もかつては自分と同じような漫画家だったのではないかと想像する。


「確かにそうですね」
「今じゃ、最低限の基準さえ満たしていればOKを出すようにしているよ」

「そうなんですね。どうにも僕、世間の流れに疎くて」
老人は男の発言を聞きながらも、ものすごい速さでネームを読んでいく。



「うん、良いんじゃないか?」
最後まで読み終えた老人が男に告げた。

「本当ですか!?」
男はパッと顔を明るくする。



「ん?」
老人が何かを気づいたように、原稿の最後のページに目をやった。


「これ、最後は地球が滅亡するってことか?」
「えぇ。全ては宇宙人の仕組んだことっていうオチで。地球上のあらゆる生物が焼き払われて終わります」

老人はしばらく黙り込む。そして深刻そうな顔でこう告げた。





「ネコだけは生き残ったってことにしよう」
「ネコ?」
「あぁ。ネコが不条理に死ぬとやたらクレームが来るんだよ。だからそこだけでは修正した方が良い」

「他は……大丈夫なんですか?」
男は、「他の生き物」というニュアンスで尋ねたのであったが、どうやら老人は勘違いしたらしい。


「他の場面でネコは出てこないんだよな?」
「え?まぁ……はい」
「じゃ、最後だけ直せば大丈夫だ」


「……分かりました。ありがとうございます」
立ち去ろうとする男に、老人が声をかける。


「不思議なもんだよな」
そう口を開く老人の姿は、どこかこの奇妙な世の中を面白がっているようにも男には見えた。


「漫画でいくら人間が死のうが、大した話題にならないのによ」 

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