薄暗く高い天井を見上げながら、俺は自分の身に起きた悲劇について記憶を巡らせてみる。

きっかけは数日前のこと。
目を覚ました俺はこの古びた屋敷の中にいた。

周りには、年齢も性別の別々の約20人の見知らぬ人々が、俺と同じように戸惑った表情をして立っている。


そして今、生き残っているのは俺たち7人だけだ。
「あいつは……一体何なの?」
俺と近い歳の、20代後半の女性が言う。

「……」
誰も何も答えない。
奴の正体については散々話し合ってきて、そして皆目見当がつかなかったのだから、返事のしようがなかった。

女性自身も、答えが返ってくるとは期待しておらず、ただの独り言のようである。

彼女の言う「あいつ」とは、顔をプラスチック製のデスマスクで覆った巨漢の男のことだ。
ここに閉じごられた最初の日。

俺たち全員の意識が戻ったのを見計らったからのように、鐘の音が屋敷全体に鳴り響き、奴は現れた。


その手には巨大なチェーンソー。

状況が飲み込めないまま、俺たちはあちこちへ逃げ惑った。

そして、足が悪いと言っていた初老の男性が第一の犠牲者となったのだ。


それからというもの、鐘の音を合図に、奴は俺たちの中から律儀に一人ずつ手をかけているらしい。


「らしい」としているのは、毎回その殺人鬼を見たわけではないからだ。

この屋敷は広い。各々の避難場所を確保した後は、他の人間がどこにいるのか正確に把握していない。
ただ、鐘の音が鳴るたびに、犠牲者は確実に一人ずつ増えている。


「一体どうやったらここから出られるんだ」
別の中年男性がつぶやく。その言葉にも誰も反応しない。

屋敷の扉は全て頑丈に外から鍵をかけられていた。窓にしても同様で陽の光は一切入ってこない。


そして今、俺たちは1階の大広間に集まり、全員であの男を倒そうと身構えている。

どんどん悪化する現状。
このまま1人ずつ奴に殺されるくらいなら、7人で一斉に襲いかかった方が助かる可能性があるのではという淡い期待を込めてのことだ。


ゴーンゴーン

鐘の音が響く。
「ひっ」
最も年下の、中学生の少女が小さく声を上げる。


「大丈夫」
俺と同い年の女性が、少女の肩を抱きしめた。

奴は一体どこからやってきて、どこへと消えていくのか?
もしかして幽霊なのか?それとも秘密の出入り口を知っている殺人鬼なのか?

それすらも分かっていない。

その時、
「あ、扉が……」
小太りの年配女性が、入り口を指差す。まるで昔話の王国にあるような仰々しい両開きの扉が、軋むような音を立てながら開き始めていた。

「なるほど、奴は正々堂々と入口からやってきたってわけか」

中年男の言葉に俺は首をかしげる。

それはおかしい。これまで大広間の近くで身を潜めていたことがあったが、扉の開く音など聞こえなかった。
そもそも、これほと大きな扉が開くのなら、いくらでも脱出できてしまう。


「みなさん、お疲れ様でした」
「あ、あなたは?」
俺たちは一斉に声を上げた。


そこには最初の犠牲者となった、足の悪い老人がいたのだ。そしてその後ろには、2人目、3人目の犠牲者が、何食わぬ顔顔で立っている。

「お疲れ様でした。実験は終了です」
老人の発言に俺たちは戸惑いの表情を作る。

「実験?」
「ええ。『人間版パブロフの犬』は今をもって無事終了しました」
「ど、どういうことですか?」
小太りの女性が尋ねる。

「もちろんご説明します。まず……パブロフの犬の実験をご存知でない方は?」
老人は笑顔を崩すことなく、俺たちに問いかける。少女が申し訳なさそうに手を挙げた。


「ではまず簡単に。パプロフの犬の実験とは、餌を与えられる時にベルを鳴らし続けられた犬は、やがてベルを鳴らすだけでもよだれを垂らすようになる、というもの。やや難しい言い方をすれば、『外部情報と自分の生理的欲求の紐付けを検証する実験』でしょうか」
それが一体なんなのだ?とその場にいる全員が眉間にしわを寄せる。

「つまり、あんたたちが言いたいのは、」
中年男が口を開いた。

「鐘の音を鳴らして俺たちに恐怖体験をさせる。すると俺たちは鐘が鳴るだけでビクビクするはずだ、ということか?」
老人は穏やかな顔のまま首を横に振る。


「惜しいですが少し違います。我々が求めているのはさらに先です」
そこで彼はじっくりと、俺たち一人一人に視線をやった。

「随分といなくなってますね」
「いなくなってる……とはどういうことです?」
俺は尋ねる。

もしこれが彼の言う通り、本当に何かしらの実験であるのなら、犠牲者たちは全て老人たちの仕掛け人のはず。
彼から「いなくなってますね」という発言が出るのはおかしい。

「我々は旧来のパブロフの犬の実験に対し、ある疑問を抱いていました。鐘の音と空腹感がセットになるのなら、その後の満腹感までも紐付けられるのではないかと」


やはり老人の真意が分からず、俺たちはただ互いに顔を見合わせる。

「ベルが鳴ると食事が出てくる、そしてそれを食べると最終的には腹が膨れる。ならば、ベルが鳴ることと腹が膨れることがセットになり、満腹感を抱いても不思議ではないでしょう?」
老人はにっこりと微笑んだままだ。

「紐付けさえしてしまえば、後はきっかけの刺激を与えることで、仮にそれがどれほど突拍子もない効果でも、パプロフの犬の実験に従って引き起こるのではないかと考えたのです」
「まさか」
誰かが言った。

「そして今回、見事にそれが立証されました」
監視カメラで見ていましたがそれはとても興味深い光景でしたよ、と老人は付け加える。

「我々が偽造したのは3人目まで。鐘の音が鳴ると人が死ぬ、いや死なねばならない。この集団はその法則を優先し、4人目以降は鐘が鳴るたびに自ら命を絶っていたのです」






キンドルでショートショート集販売中です。
⇩1冊99円!キンドルアンリミテッドなら無料⇩
あなたの後ろにいる女の人について
最高の仮装
関係なくもない話

作画さん募集中!!

Twitterで最新の作品を出しています→@mizutanikeng

もし面白いと思ったらSNSでシェアを!励みになります。