彼女と付き合って1ヶ月。

僕たちは今、とある温泉街に向かっている。

行きのバスの中。窓際で、息を立て眠っている彼女をチラリと視てみた。

あどけない表情に、ツヤのある黒い髪。なんて美しい寝顔なんだろうか。
僕は、自分が世界一の幸せ者なんじゃないかと思いながら、バスに揺られていた。

やがてバスは目的地に到着し、僕たちは停留所から少し離れた中心地へと向かっていく。

「ねえ!視て視てー!」
彼女は小走りでかけ出した。

僕も目の前に広がる光景に声をあげる。

まるでおとぎ話に出てくるような、古き良き時代の温泉街の風景。
ゆるく伸びる坂道。それを囲うように建てられた木造建築の家々。柔らかいオレンジ色でライトアップされた街並み。

「視れてよかったね」
「うん。視れてよかった」

あ、と彼女は声をあげる。
「ねえ!せっかくだから2人でさ」
「うん、そうだね」

僕は辺りをキョロキョロとしてみる。近くの売店で受付をしている中年女性と目が合った。

「あのすいません。良かったら視てもらえませんか?」
彼女は人の良い顔でニッコリと頷く。

「ええ、良いですよ」
僕と彼女は、雰囲気のある一軒の旅館の前に立つと、肩を寄せ合った。


中年女性はそんな僕らを視る。
「はい、OKですよ。すぐに送りますね」
「ありがとうございます」
僕たちは頭を下げた。脳内に若い大学生カップルの映像が送られてくる。

「じゃ、いこうか」
「うん!」


西暦3000年。

2000年ごろから広まった携帯機器は人間の体に埋め込まれるようになった。
僕らの目にはカメラ機能が搭載され、そこで「視た」ものは脳に取り付けられているハードディスクに蓄積される。


それは、かつて「写真」と呼ばれていたものである。

そしてこの言葉は、何度も形を変えて人々の中に根付いてきた。

携帯電話が登場した時は、当時主流だった「写メール」から「写メ」と呼ばれ、
さらには「インスタグラム」というSNSが流行した際は、「インスタ」と言われていたらしい。


そして現在、僕たちは「見る」だけで写真を撮れるため、撮影自体のことを「視る」と表現しているのである。



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