夕暮れの時間。カフェの席に着いた私は話を始める。
「今日はよろしくお願いいたします。あまり時間もないようですし、始めてしまいましょう」
目の前の男性は小さく頷いた。昨年大学を出たばかりという彼は私の息子と同じくらいの年齢である。



「倒産の予兆、みたいなものはあったのでしょうか?」
「あったのだと思います。もちろん学生気分から抜けられていない自分には到底わからなかったことですが」
自らの世間知らずを後悔するように彼は語った。


「例えばそれはどんな?」
「いわゆる出費に関してうるさくなりましたね。節約、節約と毎日のように繰り返して言われました」
「そのことを不審には?」
「まさか。どこも不景気ですし、そんなものかなと思っていたくらいです」
彼は少し怒ったような口調で反論した。ほとんどの人間は僕と同じように取り立てておかしなことだと思っていなかったはずです、と付け加える。



「あとはここ数ヶ月、優秀な人間が外に出ていくことが増えました。彼らは中枢部分に関わっていたため、危険性を察知していたのでしょう。もちろん上はそれを僕たちに悟らせないようにしていました。日本にいないのも海外視察だからだとか言って誤魔化していた」


「他には?」
「あとは人件費の削減でしょうね。財政状況を知っている人間が優先的に解雇されたようです。あとは一部ですが給料の支払いが遅れたり。もとろんこれらを予兆だったと後から断言することはできるのですが、全てはある日突然に起きたのです」


「ほんとうに、全く気づかなかったのですか?」
私は改めて目の前に座る日本人男性を見る。やはりどうにも信じられない。まさか国が一夜にして潰れ、国民たちがそれに気づかないなんて。

「全然気づきませんでした。朝起きるとガスが付かない。水道も出ない。公共機関が全て動かない。日本国という概念が一夜にして消え去ったのです」



彼が寂しく笑ったタイミングでちょうど日が落ちた。

灯りのないこのカフェが深い暗闇に包まれる。




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