僕が務める中学校の喫煙室でのこと。

「今日も1日、終わりましたな」

隣に座る鈴木先生がつぶやく。僕よりもふた回りも上の大先輩だ。


プハーと煙を吐く音が聞こえた。


「ええ、そうですね」
僕はいつも同じように答える。

「何か変わったことは?」
「ないですよ。最近の子供達は本当に素直だ」

「全くですよね」
反対に座っている佐藤先生が答えた。

彼は1年目の新米教師。情熱を持って教師になったものの、あまりの歯ごたえのなさに拍子抜けしてしまったらしい。



それは何もこの学校だけの話ではない。


どの学校の生徒たちもここ数十年の間、問題らしい問題を起こしていないのだ。
成績優秀、品行方正。『清く、正しく、美しく』を地でいっている。


「なんとも楽な時代になったものですな」
鈴木先生がしみじみという。

「昔はもっと大変だったんでしょう?」
羨ましそうに佐藤先生が尋ねた。

「ええ、そうなんですよ」
鈴木先生は頷いた。


この手の話をする時、鈴木先生を始めとするかつての学校事情を知る教師たちは、

「あの頃は大変だった、教師は割に合わない仕事だった」
と語りながらも、どこかその苦労を懐かむのが常であった。


「今は面倒な親もいない。非行に走る子供もいない。教師の待遇もうんと改善されました」
僕が言う。

「やはり子供は大人の背中を見て育つというのは本当のようですね」
鈴木先生が同意する。

「考えてみれば当たり前のことなんですけどね。しかしそれに気づくまでに随分と時間がかかったものですよ」
佐藤先生が続けた。




学校教育がここ数年で大幅に改善された最も大きな要因。


それは「大人のあり方」を根本的に改善する取り組みがあってのことだった。

子供だけに理想を押し付け強制する。そんな上辺だけの教えが子供に響くはずがない。



この国の未来を考え、今までうやむやにしていた諸問題に対し、全国民が本気で向き合ったのである。


当初は息苦し過ぎる生活になってしまうと反対意見も多かったが、目に見えて成果が出て来ると、賛成意見が多勢を占めだした。


「しかしその分、我々のような喫煙者は辛いですな」
鈴木先生が煙を吐いた。

「そうですね。今まであった店内や建物内での禁煙徹底はもちろん、道端や自分の家でも気軽に吸うことができなくなりましたし」

「しかし、ここまで狭いってのもね」
佐藤先生が口を端をあげて笑った。



僕は改めて今いるこの部屋を見渡してみる。


生徒たちが普段から使っている学校机程度の大きさの箱。その中に我々三人がいる。
もちろん、普通の人間が入るわけもない。


喫煙者がタバコを吸うとき、脊髄に繋がれた肺、口、鼻、耳、目だけが肉体から取り出され、ハンガーに掛けられた服のような状態でここに押し込められるのだ。



「全く、肩身が狭くなりましたね」
皮肉交じりに僕は言った。

もちろん今の我々に肩など存在しない。


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