「録画レンズ」(裏購買部シリーズ)

※こちらはEエブリスタで連載されている「裏購買部」の追加エピソードです。
 

橘は部室に入るなり顔をしかめる。足をピタッと揃え、やや斜めを向いて気取った様子でソファに座る由梨。

それをビデオカメラ片手に撮影している男子学生がいた。
「やっぱダメだぁ!」
男子学生が天を仰ぐ
「ちょっと何でですか!」
由梨が不満げに立ち上がった。

「いや被写体がなぁ。多分被写体なんだろうな。なんていうか。そりゃまぁ悪くはないと思うんだけど、オーラがないんですよ。オーラが」
「ありますもん!私、オーラありますもん!」
「何やっているんですか?」
あ、と由梨が橘を見て近寄ってくる。
「恭弥さん聞いてくださいよ。ひどいんですよ。私にはオーラがないって言うんです。ありますよね?オーラありますよね?色気ありますよね!?」
「まず誰ですか?あの人」
「あ、どうも。新聞部の田所です」
男子学生はカメラから目を外し、ニヤッと笑う。髪の毛は天然パーマのようにくるくると巻かれ、ぎょろっとした目と大きな鼻はお笑い芸人のようでもあった。

「栗栖さんの知り合いみたいなんです」
「いやぁ、学校新聞の時はありがとうございました。助かりましたよ」
今ほど撮った写真をチェックしながら田所が言う。

「やっぱり映えないんだよなぁ」と首をかしげていた。
「それで、なんのご用件でしょう?」
「あぁ、そのことなんですよ」
田所が座り直す。
「折り入ってお願いしたいことがあって」



「決定的に瞬間を見逃さない道具、ですか?」
橘は口を開いた。

「ええ」
先ほどとは打って変わって真剣な表情で田所が言う。
「僕はカメラマン。決定的瞬間を撮ることに命をかけています」
「だからいつもカメラ持っているんですね」
橘の隣に座った由梨が頷いた。

「ええ。何かあるかわかりません。だから常にこうやってカメラを回していたり、」
田所は、手に持っているハンディカムのカメラを覗き、由梨に向けた。

「え?また撮っているんですか?やだ、髪が乱れているかも」
由梨は慌てて手ぐしで髪を直す。そして口角をキュッとあげた。田所はその映像を見ながらも納得のいかない表情を作り、すぐに橘に視線をやった。
「いつでも衝撃的な映像を撮れるように備えているわけです」
「衝撃的なこと、と言うと例えばどのような?」
「学校生活の中で一般的に起きることで良いんです。人が死ぬとかそういうレベルのことを求めているわけでもありません。学校新聞の記事になるような出来事で十分。ある教師が生徒とぶつかった拍子にカツラが取れたであるとか、周りから恐れられている大男が校舎裏に住み着いた猫に餌をやっているとか」
「しかし、そういう現場を目撃した時に限って、不幸にもカメラを回していないと」
「まさに」
カメラを片手に田所が深く頷く。
「ということで、何かないですか?栗栖が『ここには何でもある』って言っていたからわざわざ来たんですよ」
「栗栖さんがそんなことを?」
「へえ、意外です」
由梨も声をあげる。
「ただ愛だけはないって言っていました」
「なんですかそれ?」
聞き捨てならんとばかりに由梨は反論する。
「うちにだって愛はあります!ね、恭弥さん?」
「どうでしょうね」
「ええ!ないんですか!」
あたふたと動揺する由梨を見て、橘は真一文字に結んだ口をヒクヒクさせていた。
「あ、恭弥さん、もしかしたツボに入ってます?」
「ええ、けっこう」
相変わらずこの人は独特の感性を持っている、と由梨はため息をついた。
「ちなみに、常にカメラを回しておく道具ならありますが」
何度か咳払いをした橘は、部室の後ろの壁に隣接している戸棚から一つの道具を取り出した。蓋のついた二つの円形のケースが一組となっていて、一見するとコンタクトケースであるが、側面にはUSBコードの挿入口が付いている。
「録画機能をもったコンタクトレンズ。通称『録画レンズ』です。これを装着して見たあらゆる映像は全てデータとして記録することができます」
「なんとなんと」
田所は自らのカメラで、そのケースをズームにして写す。

「コンタクトをはめて1日を過ごす。外してこのケースに戻し、ケースから繋いだUSBケーブルをパソコンに繋げる。すると、コンタクトで見た映像がデータとして保存されます。このケースにいれておけば充電も同時にされる仕組みです」
「素晴らしい、ぜひいただきたい」
興奮した様子で田所はジッとその道具を見つめている。
「ではお譲りしましょう」
橘はケースを田所の前へとスライドさせ、最後にこう付け加えた。
「ただし、在庫がひとつなので壊さないように」



それから1週間後。

「てぃーす」
甲高い声と共に裏購買部の部室の中に栗栖が入ってきた。丸々と太り、雪だるまのようなシルエットの男である。
「いやぁ、橘さん。絶好調みたいっすよ。田所チャンネル」
「田所チャンネル、ですか?」
いつものソファに座り、由梨が出したお茶を飲みながら橘は尋ねる。

「あいつの配信サイトの名前っす。あ、由梨さんも出てましたよ。田所チャンネルに」
「え?本当ですか?」
由梨が声を弾ませる
「オーラがないって言っていた割にちゃんと使っているんですね、まったくもう。まあ良いでしょう」
「いや、『オーラのない女』というタイトルで出ていました」
「なんですかそれ!名誉毀損じゃないですか!」
「まぁまぁ」
ニヤニヤと笑う栗栖は、由梨がこうなることを予測していたようであった。対照的に由梨は眉をひそめている。

「最悪です。たくさんの人に私が見られているんですよね。恥ずかしすぎます」
「今度広告料で奢ってもらうんで、ちゃんと田所には伝えておきますから」
「ちゃんと止めるように言っておいてくださいよ」
頬を膨らませる由梨の横で、橘が栗栖に尋ねた。
「ちなみにどんな動画が多いのですか、その田所チャンネルは」
「基本的には日常生活のちょっとした笑える動画っすね。ハプニング集といいますか。誰でも1個や2個は動画で持っているもんですが、オリジナルコンテンツを定期的に配信できる人間は中々いないっすから」
「まさにずっとカメラを回していないとできない所業、ということですか」
「ええ」
そこで栗栖はスマホをポケットから取り出す。

「お、早速田所から連絡っす。お礼はしてもらわないといけないっすからね」
栗栖が出て行くタイミングで「あ、これだ!」と由梨が声をあげる。自分のスマホで田所チャンネルの動画を見ているらしい。
「ありましたか?『オーラのない女』の動画は」
橘が覗き込むようにして由梨に尋ねる。
「再生回数二桁です」
「それはなんとも。ほとんどの人に見られていなくて運が良かったと言うべきか」
「恭弥さん、悔しいですー」
由梨が天井を仰ぎながら足をバタバタとさせた。


それからしばらくして、栗栖は近所のファミレスで田所と合流する。学校近くに位置しているチェーン店であり、生徒たち御用たちの店となっていた。

「裏購買部と繋がりのある部活はいくつかあるんす。田所の新聞部もそうですし、放送部や演劇部なんかも。で、この店のまたその一つってわけっす。だから俺は、この店の割引券を沢山持っているんす」
「おお、それはありがたい。まぁ、今日は俺のおごりだ。好きなだけ食べてくれ」
「言っちゃいましたね?それ言っちゃったっすね?男栗栖、胃袋はまさにブラックホールっすよ。今なら無限に食える気がします」
栗栖は高らかに宣言すると、メニューに載っている商品を片っ端から店員に注文しだす。

「しかし田所チャンネル、本当に調子良いみたいっすね。どんどん話題になっているじゃないっすか」
「だが俺ってこんなもんじゃないから。まだまだ高みを目指すわけよ?」
「お、すごい向上心。良いっすねえ。まだまだスクープを見極めるんすか?」
「もちろん。俺がこの目で見たものは全て映像になる。つまり俺自身がもっと危険な場所にいけば、それだけとくダネが手に入る可能性は高い」
「うお!非凡な発想!非常識な戦略!いやはや素晴らしいっす。ドキドキっす」
「実はこの後も一件、けっこう危ない場所に飛び込みに行くつもりなんだ」
「応援してるっすよ!」
栗栖がそう告げたタイミングで、注文の商品が届いた。パスタが4つにピザが6つ。他にもポテトフライやドリア、アヒージョなどの料理が机の上にびっしりと並ぶ。
「本当にこんなに食えるのかよ?」
田所が疑いの目で栗栖を見る。心外だとばかりに栗栖は自らの腹をポンと軽快に叩いた。

「任せてくださいっす。」
栗栖は「余裕っす、余裕っす」とつぶやきながら一つ目の皿に手を伸ばす。







「栗栖さん、邪魔です」
由梨が部室に入ると顔をしかめた。橘座るソファの向かい、そこで天井を見て苦しそうに寝ている栗栖の姿がある。
「お腹痛いっす」
「知らないですよ、帰ったら良いじゃないですか」
「無理です。マジで痛いっす。本当に死にそうなんです。由梨さん助けてください」
「え?本当にお腹痛いんですか?」
いつもと違う真剣な言いように由梨はオロオロとし始める

「きゅ、救急車呼びます?」
優しく由梨は栗栖に声をかけた。

「ここ数日、ずっとこの調子ですよ」
向かいのソファに座っている橘は特に心配した様子を見せない。

「三日前に田所くんから奢ってもらった後、彼はずっとお腹の調子が悪いって言っています」
「食べ過ぎってことですか?そんなに続くものです?」
飽きれ顔で栗栖を見る由梨。
「いやはや食いしん坊が仇となりました」
自分の腹をさすりながら、栗栖はゲフッとげっぷを吐く。その様子を心底軽蔑した目で見ながら、由梨は「あ」と声をあげる。
「てか、田所さんに私の動画を消してもらうように言ってくれました?」

「あぁー」
絞り出したような声で栗栖は答えた。
「多分、きっとおそらくは」
「多分?きっと?おそらくは?」
由梨はヒステリックに目を吊り上げる。
「由梨さん、消えていますよ」
テーブル置かれたノートパソコンを見ながら橘が言う。
「しかし、また動画の数が増えましたね。どんどん過激になっているようです」
「みたいっすね。こんなもんじゃないって言ってるっす」
「あ、恭弥さん。この動画すごいですよ」
パソコン画面の一箇所を由梨は指差す。

「ヤクザの事務所に間違えて入ってみた、ですか」
小汚いビルの階段を登り、古い鉄製の扉を開く。中からはいかつい風貌の男たちがこちらに鋭い視線を投げかける。

「あ、すいません。間違えました」とすぐに扉が閉められたが、一瞬ゆえに緊張感が伝わった。

「カメラを回していないからこそ出来ることなのでしょう。もしカメラ片手に事務所に入っていたら、田所くんは捕まえられていたかもしれない」

「恭弥さん、これこれ!これ見たいです!」
次に由梨が指差したのは、スカイダイビングの映像である。小型のヘリコプターに乗り込み、地面がどんどん遠ざかっていく様子がダイジェストにまとめられていた。いよいよ空に飛び込む瞬間は、まさに自分が落ちているかのような臨場感を味わうことができる。

「良いなぁ、スカイダイビング。ね。恭弥さん一緒に行きませんか?」
橘の隣に座りなが由梨が声を掛ける。

「俺は遠慮しとくっす」
「いや、栗栖さんに聞いていないんですけど」
「しかし素晴らしい出来ですね。もちろん田所くんの編集作業の腕があってのことだと思うのですが」
「いや、それが実はけっこうあいつ、スランプみたいなんすよ」
ソファの上で体の向きを変えながら、栗栖が口を開く。

「そうなんです、俺スランプなんです」
と、気づけば栗栖の横には田所が立っていた。ソファの手すり部分に腰を下ろす。

「田所さん、いつの間に来たんですか?」
「いや入り口からそっとね。カメラマンやっていると気配を殺して移動する術が身につくんですよ」
なんてことのないような口調で、田所はカールしている自分の髪を指先で遊んでいる。

「スランプなのですか?」
パソコンの画面をスクロールしながら橘が尋ねる。

「ええ。確かに人気は出ていますが、自分の中で満足いく映像が取れなくなってきていて」
「成長曲線は、アマチュア上級者までは比較的スムーズに伸びますからね。やればやるほど上手くなる時期です。そこから先は費やした時間に対して効果が出にくくなる。それが一般的にはスランプと言われています」
「ふうん。私はけっこう凄いと思っちゃうんですけど」
「いやこんなもんじゃいんですよ!まだまだだ。もっと興奮を。もっとリアルを」
「何か構想はあるんすか?」
うつ伏せのまま栗栖が尋ねた。そのまま吐いてしまうのではないかと由梨は不安になる。
「例えば交通事故に遭ってみたとか。160キロのボールをマスクなしで受け取ってみたとか」
「いや危ないですよ!死んじゃいますよ?」
「でもそれくらいの刺激じゃないともう俺が満足できないんです。これまでは由梨さんみたいなオーラのない女を撮って満足していましたが、今はもう全然違います。あの頃の俺じゃないんです」
「え、なんで私、唐突に悪口言われたんですか?」
由梨は心外だと口を尖らせる。
「てかあれっすよね」
ソファに顔をうずめ、こもった栗栖の声が聞こえる。
「臨場感と田所の危険性って、必ずしも一致しないっすよね」
「むむ?どういうこと?」
田所がすぐ隣で横たわっている友人を見た。由梨にはその顔は見えない。
「田所の場合、カメラは『目』じゃないっすか。だから例えば腕を切られたとか、足に銃を撃たれたとかって危険性の割に臨場感がないんじゃないっすか。逆を言えば自分を命の危険に晒さなくても、臨場感を得る方法だってあるっすよ」
「おお、珍しく建設的なアドバイスですね」
由梨は感動する。しばらく、黙った後、「なるほど。確かにそうかもしれない」と田所も納得していた。
「栗栖、サンキューな。何か閃きそうだ」
田所はそう言うと、部室を後にする。

「さて、どうなるんですかね」
橘が由梨にだけ聞こえる声でつぶやいた。


「恭弥さん」
さらに1週間が経った時。由梨はパソコンの画面を見ている橘に話しかける。
「何を見ているんですか?」
橘の後ろからその画面を覗いてみたが、真っ暗で何も表示されていない。由梨はその画面がシャットダウンされているわけではなく、何かの動画を全画面表示で見ているのだと気づく。
「田所くんの動画、最近は更新されていないみたいようです」
橘は由梨の質問に答えず、ジッとその画面を見たままそう告げた。

「そうなんですか?」
由梨は先週のことを思い出してみる。田所が部室から出て行く時、何か妙案を閃いた様子を見せていたが、あれは一体なんだったのだろうか?と疑問に思った。
「何か新しい動画の準備でもしているんですかね。で、それ何なんですか?」
「田所チャンネル、最後の動画です」
「え?」
由梨が眉をひそめると、橘はその動画を最初から再生する。どうやら今しがた表示されていたのは最後の映像のようであった。

最初、田所の両手がアップで映りだした。その手にはそれぞれ彫刻刀が握られている。ぶるぶると震え、汗で滲んでいるのが見て取れた。

「え、ちょっと、まさかこれって」
由梨が悲鳴のような声を上げたその瞬間、二本の彫刻刀の先が画面に向かって勢いよく飛んでくる。



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