「独白」(アリスの裏側シリーズ⑤)3話分

「アリスの裏側シリーズ」その⑤(最終話)


レンガで出来た西洋の町々を彷彿させる通り。

月明かりが路上を照らし、所在なさげにポツンと立っている街灯はオレンジ色の光を放っていた。


「あれ?座長さんじゃないっすか」
映画監督をしている男が、向かいの曲がり角からやってきた人物を見て、ろれつの回らない口で話しかける。

彼は先ほど映像を撮り終え、目をつけている女性キャストを誘うもののあっけなく断られ、一人寂しく飲んできたばかりである。

「あぁ。どうも」
真っ黒の帽子をかぶった紳士然とした男は立ち止まると、彼を知り合いであることを認識して挨拶を交わした。まるで機械のように抑揚のない声である。

「どうしたんですか、こんなところで」
「ええ。ちょっと病院へお見舞いに」
「へぇ」
監督は特にそれ以上の興味を示さない。
「あ、そうだ。あの子、助かりましたよ。さすがハートの女王をやっていただけのことはある。おかげでうちの『マッチ売りの少女』も素晴らしい作品になりそうっす」
「それはけっこうです」
「そういえば、座長さんって今の前は何をしていたんか?」
座長は少しの間黙り込み、そして空に輝く黄色の円を見ながらポツリと話し出す。

「劇団を作る前、私はこことは別の世界にいました」
「外国とかっすか?」
「いえ、近いようで遠い世界です。平行世界、というやつでしょうか。そこは動物たちが歌い、草木が舞い踊る愉快な場所でした」
「はぁ」
監督はよくわからないといった様子で相槌を打つ。
「ある日、その世界にアリスという少女が迷い込んできました。私は彼女と仲良くなり、二人でこちらの世界に来たのです」
「なるほど。なるほど。そして末長く幸せに暮らしました、と」
座長はかぶりを振る。

「いえ……。まだ子供だったアリスは、向こうの世界の影響を強く受けてしまい、端から見れば、妄想に取り付かれているかのようでした。彼女は周りから薄気味悪がられ、やがて親にも捨てられ、失意のうちに命を途絶えた」
「そして、座長さんだけがこちらの世界で残された」

「ええ。私はこの劇団を立ち上げました。子供達がアリスと同じ過ちをしないように、向こうの世界の扉を開かないようにと」
「そんな世界はないんだぞと思わせる側に回ったと」
座長は頷く。
「そして時が流れ、文明社会は子供達の想像力を貧困にしました。向こうの世界の扉を開く子供は滅多にいなくなった今、未練がましくも私は不思議の国を”舞台”で演じているわけです」
「なるほどね。不思議なことをもあるもんだ」
監督は真っ赤にした顔でヘヘヘと笑った。そして何かを思いついたように「でも」と座長に投げかける。
「俺だって、良い年で売れない映画ばかり撮っているガキみたいなもんです。だから思うんでけど、いくら親に言われようがどれだけ文明が発達しようが、空想するやつは空想する。座長さんが言った、向こう側の扉を開くこともありえるんじゃないですか?」
「そうかもしれません」
座長は静かに同意する。
「うちが用意していないはずの白兎を見た、なんて子供も過去にはいました。見間違えかもしれませんが」
「もしかしたらその子、何かを見抜いてそう言ったのかもしれませんね」
「何か、ですか?」
今まで表情を変えなかった座長が、少しその目を大きくする。
「いや、今日は酔いすぎました。では俺はこれで」

男は頭をさげると、座長の横を通り過ぎ、街の中へと消えていく。
座長はその後姿を目で追いながらも、再び夜の空に輝く月を見上げた。


数十分後。座長は通い慣れた病院の一室の扉を開く。ベッドの上に座っている女性を見て、彼は声をかけた。
「珍しいですね。起きているなんて」
か細い体をした彼女は、虚ろな目をしたまま座長に問いかける。
「私、どれくらい眠っていました?」
「3週間ほど」
「そうですか。ご迷惑をおかけしました」
小さく頭をさげるものの、彼女もまた表情にはあまり変化がない。顔の動かし方を忘れてしまっているかのようである。
「死者を自分に憑依させる力は特別です。あなたの真に迫った演技を見たいというお客さんはたくさんいます。体調が良い時に出演するだけでウチとしては十分です」
「ありがとうございます」
彼女は消え入りそうな声で答えると、「あ」と何かを思いついた。
「せっかくですし、久しぶりにあの子を呼びましょうか」
「お願いしても良いですか?」
座長の質問に彼女はこくりと頷き、座った姿勢のまま目を瞑る。すると、体が小刻みに震え出し、すぐにパッと目を開いた。
先ほどまでとは別人の雰囲気を醸し出している彼女はベッドから降りると、小走りで座長の前までやってくる。
「久しぶりね」
「本当にすまない、アリス」
座長は真っ黒の帽子を取る。今まで隠れていた白くて長い耳が姿を見せる。

「あなたはいつも謝ってばっかね、白ウサギさん」
アリスの霊を憑依させた彼女は、ニコニコと座長に話しかける。

「しかし、私が君を向こうの世界に連れてさえ行かなければ」
「よしましょう。ね、お話聞かせて」
アリスは座長の手を引っ張るとベッドの上に腰掛けた。その隣に彼もまた座る。
「あぁ。そうだな。この前は、アリとキリギリスをやろうと思っていたんだけど……」




アリスの裏側シリーズ(完)


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