「自ら転ぶ車」

車が何台も入りそうなほど巨大なガレージの前に若い男と老人がいた。
シャッターは閉まっている。


「いよいよ僕、自転車に乗れるんですね」
若者は目を輝かせている。

「ええ。しかしあくまでも内密にですよ」
「分かってます、分かってます。さぁ、早く乗せてください」
老人がシャッター脇のボタンを押すと、鈍い音を立てながらガレージの中が露わになった。

「わぁ!これが全て自転車ですか?」
薄暗いガレージを覗き、青年ははしゃいでいる。

「おっしゃる通り。どうぞお好きなものをお選びください」
そこには4つのタイヤを持つ、一見すれば「自動車」にしか見えない乗り物がいくつも駐車してあった。

「では、これにします」
青年は白いセダンを選び、早速その運転席に乗り込んだ。座り心地やハンドルの感触を嬉しそうに確かめている。

「お待ちください。誓約書にサインを」
「あぁ!そうでした」
青年が、渡された紙に自らの名前を記載している間に、老人は説明を始めた。

「規則ですので、一応全て説明させていただきます。『自転車』とは一昔前とは少し異なりまして、現代では『自ら転ぶ車』という意味になりました。転ぶ、とはやや遠回しの表現ですが要するに事故です」
「交通事故!素晴らしい!」
青年は誓約書を老人に返し、ぎゅっと目をつむると身震いをする。

「エアバック、シートベルドをはじめとする安全装置によってお客様の命は保証されていますが、万が一ということもあります。仮に怪我や死亡事故に発展しても当社では責任を負えません」
「大丈夫、分かってます!だからこそやる意味があるんです!」
「では、素晴らしい自転車ライフを」

そういうと老人は、運転席の扉を閉めた。エンジンが勝手にかかり、車は出発する。

やがてこの車は、同じように「自転車」に乗り込んだユーザーとどこかで接触事故を起こす設計となっている。この青年のように、安全性が極限まで高められた今の時代に飽き飽きしている若者は、手軽にスリルを楽しめる。


そして、事故の話を聞いたその他大勢の人々は、自分が今無事でいることに感謝するのだった。



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